体験する仏教  

ずっと、ずっと求めていたブッダの智慧

[元気になるオンライン仏教カウンセリング」を始めました

看護師をしている、二十代後半の女子の教え子の相談に、Zoomを通して乗りました。彼女は、患者本位ではなく営利本位のブラック病院に勤めていて、身も心も疲れ切っている状態でした。相談の内容は、彼女の今後の進路についてでした。

Web会議ツールというのは本当に便利です。遠方にいる人とも瞬時につながって顔を見ながら話ができる。これはありがたいことです(ありがたくないことも起こっているのでしょうが)。

わたしの修行の師、斉藤大法上人が住職をしてる要唱寺では、オンラインで唱題の実践も法要も行っています。わたしは「オンラインで法要ができるのかな?」と思いましたが、遠方に居住しているご遺族から大変に喜ばれています。

さて、疲れ切っていた教え子ですが、わたしが彼女の話に耳を傾けていると、沈み込んでいた表情は次第に明るいな表情へと変化していきました。彼女の「元気になりました。ありがとうございます」という言葉で相談は終了しました。

教え諭したりするようなことは何もしていません。「そうだったんだあ」とか「なるほど」と頷いて、最後は彼女の決断について「いいんじゃないかな」と言って相談を終えました。

わたしは人の相談に乗るにあたって、解決に向けて何かを提案したり仏教の智慧を提供することもあります。ですが多くの場合は、話を聴いているだけで来談者の心は整理され、来談者自らが問題の答えを出します。教え子の場合もそうでした。

教え子について、カウンセリングをオンラインで行ったわけですが、カウンセリングをしていて、いつも痛感することがあります。それは、カウンセリングに最も必要なのは「信の力」であるということです。その信とは「誰の心の内にも間違いなく仏性と呼ばれるいのちの輝きが潜んでいる」ということへの信です。仏性は「仏としての本質」とか「仏になれことができる可能性」と解釈されています。

わたしは教員時代に民間のカウンセラーの資格を得ましたが、カウンセリラーとしての力量は、心理学的な知識やテクニック以上に「向き合う人の心の内にある仏性への信をどれだけ持っているか」で決まると感じてきました。

この信を持って来談者と向き合うと、ただ傍にいるだけで、来談者は生きる勇気、力が涌いてくるようです。

法華経』の最重要メッセージは「誰もが仏になれる!」です。わたしにとって最高のカウンセリングの教科書は『法華経』です。

Web会議ツールの便利さを実感し、Zoomで仏教講座を開講しましたが、オンラインカウンセリングも始めました。仏教の智慧に基づいたカウンセリングです。このカウンセリングが一般のカウンセリングと異なっているのは、霊的な世界も視野に入れているということです。

よりよく生きていくために対人関係が大切であることは言うまでもありませが、この仏教カウンセリングでは対霊関係も大切にしています。

人は見えない世界、亡き人(霊)の思いの影響も受けているということを、わたしは僧侶として実感しています。対霊関係に問題があると感じた場合は、たましいの供養をするなどして対応します。

「死ねば終わり」と考えている人は、「対霊関係」などと言うと「何を馬鹿げたことを」と一笑に付すでしょう。そのような人に、わたしは「たましいの供養」をお勧めしたりはしません。それぞれの人の考え、自由意志を大切にしたいと思っています。

仏教カウンセリングに関心のある方はお問合せください(プロフィール中の「このブログについて」にメールアドレスがあります)。

あなたが、もし仏教カウンセリングを希望されるなら、あなたの心の内にある仏性に合掌し、敬いの心をもって、あなたのお話をお聴きし、問題の解決に向けてサポートさせていただきます。