体験する仏教  

ずっと、ずっと求めていたブッダの智慧

日常生活即修行

昨日、友人から電話があり、「最近、あまりブログを更新していないけれど、どうしたの?」と訊かれました。「忙しいんだったら、短文でもいいから、毎日書き続けることが大切なんじゃないかな」というアドバイスも、もらいました。

持つべきものは友です。「継続は力なり」という言葉がありますが(教員時代、よく生徒に言った言葉です)、僧侶として日常の中で考えたことを、日々発信していくことに意味があるのだろうと、気づかせてもらいました。

併せて、日常生活即修行と言うことにも気づかせてもらいました。その日常の修行についても書いていこうと思っています。毎日書けるかは分かりませんが。

継続と言えば、よく妻との結婚生活も継続してきたものだと思います。継続せず、キッパリと縁を断った方がよい伴侶というのもあるに違いありません。ですが、わたしの場合は、妻との縁を切るのは明らかに逃避であると感じています。随分とケンカもしてきました。ですがそのたびに成長してきた気もします。

わたしは密かに妻のことを馬頭観音ならぬ罵倒観音と呼んでいます。しょっちゅう妻から「あなたって何てバカなの」などと罵倒されているからです。まあ、実際わたしがアホであったり、わたしに非があることが多いのですが。でも「妻の辞書には『許す』とという言葉はないのか」と嘆くことも度々です。

いっぽうでは妻に助けられてきたことも多くあります。感謝もしなければいけません。妻から罵られると「南無罵倒観世音菩薩」と心中で唱えて、忍耐の修行に励んでいます。まさに日常生活即修行ですね。

さて、今回でブログ投稿数は129記事になるのですが、ブログを継続していて不思議なことがあります。それはいきなりブログへのアクセス数が跳ね上がることがあるという現象です。

前回の記事を載せたのは7月19日。更新をしないとアクセス数は伸びないのですが、昨日はアクセス数がいきなり、いつもの8倍になりました。以前にもこういったことがありました。突然ある日だけアクセス数がいつもの10倍以上になった日もあります。偶然とは思えないのですが。なぜなのでしょう。理由が分る方があればお教えください。

いずれにしても間を置かずにブログを書き続けていきたいと思います。たとえわずかな方でも、わたしの記事に何かを感じてくださる方があれば、本当に嬉しく、有り難いことです。

ブログを書き続けるのも修行かもしれません。楽しみながらこの修行を継続していきたいと思います。