体験する仏教  

ずっと、ずっと求めていたブッダの智慧

2025-04-01から1ヶ月間の記事一覧

対話・宗教の垣根を超えて

両国にある東京都慰霊堂に参拝してきました。慰霊堂には香炉、燭台があり、お線香をあげて合掌する形を取っていますが、特定の仏教宗派の本尊をお祀りしているわけではなく超宗派で運営されています。カトリック教会や神道の団体も賛助金を出していて、参拝…

つながる

般若心経は日本人にとって最もポピュラーなお経と言ってよいでしょう。さまざまなな霊場では、多くの巡礼者が本堂の前に並んで「ギャテイ ギャテイ ハラギャテイ・・・」と般若心経を唱えています。それを聞いた或る老僧が「ありゃ、まるで蛙(かわず)の合…

悪業(あくごう)

人が担っている運命や制約(行動パターン)を業といいます。「業が深い」と言うことがありますが、この場合、深いのは善業ではなく悪業であることが多いようです。 わたしの書斎は本で溢れかえっており、その多くは仏教書です。きちんと整理できていず、それ…

布施の落とし穴

布施というと、僧侶に与える金品が思い浮かぶのではないかと思いますが、恐れ、不安を除いてあげることや、他者を思い遣ってする行動も布施です。また僧侶が教えを説き示すことも布施でです。 仏教の教養講座で「布施は仏教の基本的実践徳目です」と話してし…

いのちの深さ、豊かさ

わたしには二人の息子がいます。 妻が長男を出産し、妻の横で寝ている長男と対面したとき、ふてぶてしさのようなものを感じました。次男と初めて対面したときは、長男のときとはまったく異なって、なにか不安のようなものを感じました。 わたしは子どもは白…

たましいとたましいが触れ合う修行・対座

先日、或る若い会社員の男性と対座をしました。 対座というのは、互いに合掌して向き合って南無妙法蓮華経を唱える修行です。最初は双方同じテンポで唱題(南無妙法蓮華経をとなえること)をしますが、途中からは相手に合わせることなく自分の感覚で唱題を続…

死後活

不要なものを片付けたり、財産の整理をしたり、葬儀やお墓の準備をしたり・・・。終活をしている人が増えているようです。「終活アドバイザー」という資格もあるそうです。 肉体の死が最終地点なら、終活をしっかりしとおけば、後は安心ということになるでし…

「地獄に堕ちますよ」と言われました

天国と地獄 供養を終えての帰路、僧衣で駅の階段を降りると、お題目系の新教教の布教をしている女性から声を掛けられました。「○○会に入信してお題目(南無妙法蓮華経)を唱えないと地獄に堕ちますよ」。それが第一声でした。 わたしはこう応えました。 「わ…

今ここに満たされて在る

masyou つねに行動していなけらればいられない。そういった脅迫的な習性が現代の日本に生きる私たちには染み付いているような気がします。 天気のよい休日に広い公園の芝生に寝転んで長時間、ただボーッと雲を眺めている・・・。そんな人はほとんどいないの…

ほんとうに悟りたい人っているのかな

仏教の「悟り」は「目覚め」と言い換えることができます。それは自己そしてあらゆるいのちの仏性(その本質が仏であるということ)への目覚めです。 多くの新宗教は「この教えを信じれば、貧、病、争(人間関係のいざこざ)から抜け出すことができます」と謳…

仏教の道場なのですが

道場というと、柔道、剣道などの武道の修行をする場所が思い浮かぶのではないかと思いますが、道場には仏教の修行の場という意味もあります。 お寺はどこも本来仏教の教えを伝える道場なのですが、大きな寺院ほど、葬儀法要で多忙を極め、檀家や信徒が教えを…