生き霊
教え子のS君が、ベッドに入って灯りを消したときのことです。突然、彼と同じ年ごろの女性の顔が現れ、しばらくすると消えたといいます。その女性は、暗闇の中でS君のことを見つめていたということでした。
「友達でもないし従妹でもない。いったい誰だろう・・・」と思ったとき、S君は思い出しました。「今日、新宿の路上で、ぼくを見ていた人だ」
その日の昼間、S君は一人で新宿に買い物に出かけました。そのおりデパートの前の路上で女性の肩に自分の肩が触れたため「スミマセン」と謝りました。そのあと何となく後ろを振り返ると、その女性はS君のことを、ジッと見ていたといいます。
S君は昼休みに職員室にやってきて、「昨日こんなことがあったんです・・・」と、この話をわたしにしました。職員室に来てする話でもないだろうと思いましたが、S君は、このことに不安を覚えていたようです。
「それは生き霊だな」そう、わたしが言うと、S君は「えっ、生き霊ですか」と顔をこわばらせます。
「心配はない。通りすがりの縁で深いものじゃない。まとわりつかれるようなものではないよ」とわたしは笑顔で答えました。
S君は、スリムなイケメンです。その女性はS君に心惹かれたのでしょう。そして「この男の子、ステキ!こんな子と付き合えたら」と強い念を放ったのに違いありません。このような念を生き霊と呼びます。とはいってもこの場合は、恋愛のもつれや愛憎によって生じたものではありませんから、気にする必要はありません。すぐに消えて無くなるでしょう。
こんな歌があります。
物おもへば沢のホタルもわが身よりあくがれいづる魂かとぞみる・和泉式部
思いを寄せている男(ひと)を強く思っていると、自分の魂がわが身からさ迷い出て、その男(ひと)のところに飛んでいってしまう・・・。そのように思える。
まさに生き霊の歌です。この生き霊は、すぐには消えて無くならないでしょう。
源氏物語には、六条御息所の生き霊が葵の上に取り憑く話が描かれています。これは強力な生き霊です。
いにしえの人は、物質中心主義の現代人とは違って、亡き人の霊や生き霊というものを身近に感じて生きていたのでしょう。
生き霊は、人を守ることもあるようです。こんな話を聞いたことがあります。
第二次世界大戦中のことです。南方の島で、日本兵が米軍に追い詰められて逃げていると、道が広い道と狭い道の二つに分岐しています。日本兵たちは、広い道を選んで逃げました。すると、そこには地雷が埋まっており、兵士たちは命を失うこととなりました。ですが、たった一人だけ狭い道を選んだ日本兵がいました。それは、皆と一緒に太い道へ逃げようとしたとき「そっちへ行ってはいけない!」という母親の強い声が聞こえたからでした。
無事に帰国できたその兵士は、母親にこの話をしました。すると母親はこう言いました。
「あんたが密林を逃げていたころ、わたしは毎日お仏壇の前で「どうか息子が無事でありますように」と必死で祈っていたんだよ」
母の息子を思う強い思いが、生き霊となって息子のところに飛び、息子を守ったのかもしれません。
教え子のA子さんは、高校の卒業旅行で数人の友人と宿泊した箱根のホテルで、父親の姿を見かけました。A子さんは帰宅して父親に言いました。
「お父さん、いい加減にしてよ。箱根まで来て、わたしのことを見張っていたでしょ。」
父親は「十代の女の子だけの旅は危ない」と娘が旅行に出ることを反対していました。母親のとりなしで、A子さんは卒業旅行をすることができたのでした。
しかし、父親は箱根には行っていません。この日は、娘のことを心配しながら、深夜まで職場で仕事をしていたのでした。娘を案ずる父親の生き霊を、A子さんは見たのかもしれません。
無意識のうちに生き霊を出したり、生き霊に憑かれたりしているというのは、誰にでもあり得ることです。日常の自己の想念の管理は大切です。
生き霊に憑かれた場合はどうしたらよいのか。そのようなことが気になる方もあるかもしれません。今回は触れませんが、ご要望があれば、このことについても記事にしたいと思います。