体験する仏教  

ずっと、ずっと求めていたブッダの智慧

フロー現象・幸運の流れにのる

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昨日は、Zoomによる24時間お題目リレーの日でしたが、これに加えて仏壇の御霊抜きと一周忌並びに墓碑開眼・納骨法要の二件のご依頼が重なりました。どうしたものかと思っていると、自然の流れで、重なっていた時間がずれて、スムーズにすべてを行うことができました。フロー現象の中にいるように感じました。

フローとは、流れにのった状態のことです。シンクロニシティ―が立て続けに生じ、好ましい状況へと運ばれている状態といってもよいでしょう(「シンクロニシティー」については、本ブログ中の「シンクロニシシティーで道は開ける」をご覧ください)。

『パワー オブ フロー・幸運の流れをつかむ新しい哲学』(河出書房新社刊)という本の帯に記されている、フローについての説明を抜粋します。

「フローは偶然を呼ぶ。偶然は必然である。偶然がよく起こるのは、進んでいる道がまちがっていないことへの証。意味のある偶然をつかみ、流れにのる、それがフローに生きること。すべてを成就させる力、それがフローの力」

作家で静岡県伊東市・願行寺の住職、牛込覚心師は、夕方四時半ころ、急にお通夜が入ったとの連絡を受けました。その折、覚心師は所用で東京の赤坂のホテルにいました。お寺でお通夜が営まれるのは午後六時。赤坂から伊東市伊豆高原にあるお寺までは、列車でも車でも二時間半はかかります。まして夕方のラッシュ時です。お通夜にはとうてい間に合いそうにありません。それでも帰るしかありません。覚心師は車で帰路につきました。

すると、信じられないことに、覚心師は一時間半でお寺に帰り、無事お通夜を営むことができたのです。

赤坂から伊豆高原のお寺に着くまでの間、なんと一回も赤信号でストップすることがありませんでした。よいことではありませんが、猛スピードで走りました。ですが白バイにもパトカーにも出遭わず、走行する車の前は開けて、前方の車は相当遠くを走っているという状況でした。高速道路の料金所も常に空(す)いていました。

まさにフロー現象が生じたといってよいでしょう。仏さまの導きがあったとしか言いようがありません。

わたしは、仏教に関わることでは、昨日の件だけではなく、フローを感じることがよくあります。

数年前、わたしを得度に導いてくださった師である瀬野泰光上人の奥様、瀬野妙佳上人は、自著を刊行したいと考えていました。しかし、めぼしい出版社との縁がありませんでした。「日蓮宗関連の本を複数刊行している佼成出版社で、本を出せたらよいのだけれど」と妙佳師から言われましたが、わたしにもその人脈がありません。

その数日後のことです。わたしがファーストフードの店でチーズバーガーを食べていると、隣に座った若い女性から声をかけられました。

「小島先生ですよね」

「そうですが・・・」

よく見ると彼女は、今は小学校の教員をしている、わたしの教え子でした。しばらく思い出話に花を咲かせた後、わたしは、彼女の家が祖父母の代から立正佼成会の会員であったことを思い出しました。

「君の家は立正佼成会で、君も信心していると言っていたよね」

「先生、よく覚えていますね」

「ひょっとして、佼成出版社に知人はいないかな」

「いますよ」

びっくりです。その後、話はトントン拍子で進展し、佼成出版社から妙佳師の本、『唱えるという生活ーお題目が導いてくれるほんとうの幸せー』が刊行されることとなりました。

偶然、同じ時刻に同じ店の隣の席に座った教え子が佼成出版との縁を持っていたことに、驚かずにはいられませんでした。食事の席で偶然に教え子に出会ったのは、この時だけです。

教え子との出会いから書籍の刊行にいたるまでの流れは大変にスムーズで、フロー現象が生じていることを感じました。

フローが生じてる時は、見えない世界から「その道を進んでいいのだよ」というメッセージを受け取っていると言ってよいようです。

「運命は決まっているのですか?」に書きましたが、生まれる前に決めた「いのちの流れ」というものがあります。「いのちの流れに沿って、今、ここを前向きに生きているとき、フローは生じる」と実感しています。